【第2話】「欲」と「恐怖」という魔物たち
【第2話】「欲」と「恐怖」という魔物たち
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感情がトレードの邪魔をしている。
そう気づいてから、少しは冷静になれるかと思っていた。しかし、現実は思っていた以上に手強かった。
取引を重ねるうちに、心はまた揺れ始める。
ある日は、小さな含み損に耐えきれずにすぐ損切りをしてしまった。だが損切りを終えた直後、相場は反発し、もし持ち続けていれば利益になっていた。
「なぜあのとき焦って切ってしまったのか。」
悔しさがじわじわと込み上げてくる。
また別の日は、エントリー後すぐに利益が少し乗った。安心したい気持ちが先に立ち、すぐに利確してしまう。ところがその直後、相場は勢いよく伸び続け、もっと大きな利益が取れたはずだった。
「もう少し持っていれば…。」
その後悔が頭から離れなくなる。
さらには、連敗が続いたときのこと。小さな損失が重なるたびに、心の中に焦りが積み上がっていった。
「次こそは取り返さなければ。」
気がつけば、根拠の薄いエントリーを繰り返していた。
こうした衝動的な取引が失敗するのは当然のことだった。そして、ある日ついに大きな一歩を踏み外してしまう。
いつもよりも大きなロットでエントリーしてしまったのだ。
「一度で全部取り戻してやる。」
そんな思いが、冷静さを完全に奪っていた。
ポジションを持った瞬間、心臓は早鐘のように脈打ち、画面に映るチャートを凝視した。少し動いただけで、汗ばむ手のひらがさらに湿っていく。そして相場は、まるで嘲笑うかのように逆へ動き始めた。
含み損はあっという間に膨らみ、画面の数字がどんどん増えていく。
「お願いだから戻ってくれ…」
祈るような気持ちで画面を見つめたが、価格は止まらない。耐えきれず損切りしたときには、残高は大きく削られていた。
しばらく椅子に沈んだまま、モニターを見つめていた。動く気力もなく、ただ深い自己嫌悪だけが心の中を支配していた。
「なぜまた同じ失敗を繰り返してしまったのか。」
あるときは、そもそもエントリーすらできずに終わる日もあった。
「もし負けたらどうしよう…」
そんな不安に飲み込まれ、せっかくのチャンスを見送ってしまう。
その直後に思惑通りに相場が動くのを、ただ見送るしかなかったときの悔しさは、また別の苦しさを伴っていた。
どちらに転んでも後悔が残る。欲が出れば失敗し、恐れれば逃してしまう。
いつの間にか、僕は「欲」と「恐怖」という二つの魔物に挟まれたまま、身動きが取れなくなっていた。
この時期、トレードを終えた後の毎晩は苦しかった。
「今度こそ感情に左右されないようにしよう。」
そう何度も自分に言い聞かせたはずなのに、次の日になればまた同じ過ちを繰り返していた。意志の力だけでは、どうにもならなかった。
後から知ったのだが、人は利益を見るとすぐに快楽を得ようとし、損失を前にすると恐怖で固まってしまう本能があるらしい。さらに負けを重ねると、失った分を早く取り戻したいという欲求が膨れ上がり、冷静さを奪っていく。まさに、自分はその罠にはまっていた。
感情を抑えるには、自分の意志に頼るだけでは足りない。もっと強制力のある「仕組み」が必要だ。
そう痛感し始めていた。
ここで初めて、「ルールを作らなければいけない」と思った。
次こそは、この負のループから抜け出したい。その思いだけが、心の中に静かに残り続けていた。
第3話へ続く
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