「滑り」には規則がある ── 顧客に不利な方向だけ滑らせる設定を、監督指針は不適切としている
監督指針に入った年 2013年 8月9日・新設 | 名指しされた型 3つ 方向・幅・上限 | 測れる数字 5つ 価格・手数料・滑り・拒否・遅延 |
約定価格が、注文を出したときの価格からずれる。これを滑り(スリッページ)と呼びます。相場が速く動いていれば、ずれること自体は自然です。
問題になるのは方向です。ずれが顧客にとって有利な側と不利な側で、同じように出ているか。日本の監督指針は、ここに線を引いています。
顧客に不利な方向にだけ滑らせる設定を、日本の監督指針は不適切として3つの型で名指ししている。だから滑りは、測って確かめられる対象である。
金融庁の「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」には、Ⅳ-3-3-4(1)として「通貨関連店頭デリバティブ取引等におけるスリッページの取扱いに係る留意事項」が置かれています。この項目は、2013年8月9日の改正で新しく入りました。
そこに挙がっている、顧客にとって不利となる非対称な取扱いは、次の3つです。
この3つは、そのまま測定の設計図になります。並べ替えると、こうなります。
| 監督指針の型 | 何が非対称なのか | 口座で測るもの |
|---|---|---|
| イ | 方向。有利な側の滑りも、不利な側へ寄せる | 滑りの符号つきの分布。左右の裾の形 |
| ロ | 幅。不利な側の許容範囲を広く取る | 滑りの絶対値の分布。左右の95パーセンタイル |
| ハ | 量。不利な側だけ約定させる上限を大きくする | 数量別の約定率。拒否された回の数量 |
監督指針は、対称な取扱いをしている場合についても、もう一段の求めを置いています。滑りが発生する旨とその原因、滑りが顧客にとって有利・不利のいずれにも働く可能性があること、発生した場合の業者における取扱いについて、事前に適切かつ十分な説明を行っているか、という点です。つまり説明が先にあるべきものとして整理されています。
裏を返せば、約款や取引説明書に、滑りの扱いがどう書かれているかは、口座を選ぶ前に読める材料だということです。書き方の詳しさそのものが、ひとつの情報になります。
この改正のとき、パブリックコメントで「約定を拒否すれば同じことができるのでは」という趣旨の指摘が出ました。金融庁の回答は、次のとおりです。
スプレッドを広げる形で同じ効果を出す、という指摘に対しては、スプレッドの取扱いについて事実と異なる、または誤解を生じさせる表示は投資者保護上問題がある、という整理が示されています。
自主規制の側にも、同じ趣旨が書かれています。金融先物取引業協会の「金融先物取引業務取扱規則」第25条の2の2は、店頭外国為替証拠金取引を行う会員に対し、あらかじめ顧客の注文の執行に係る基準を定めることを求めています。その基準は、注文の受付、執行の順序、約定価格、保留や失効の扱いまでを含みます。
同じ軸は、国際的な行動規範にも出てきます。各国中央銀行と市場参加者がつくるグローバル外国為替委員会(GFXC)は、2021年8月に公表した指針で、価格チェックの対称・非対称をこう分けています。
対称とは、現在の価格の周りに同じ許容幅を置き、その幅が流動性の出し手に有利な側でも顧客に有利な側でも、同じ扱いをすること。非対称とは、価格が出し手に有利な方向へ動いたときは約定が通り、出し手に不利な方向へ許容幅を超えて動いたときは拒否される傾向を生む設定のことです。
GFXCは、この指針の中で、流動性の出し手が開示すべき事項として4つを挙げています。ラストルックを使うかどうか、価格チェックが対称か非対称か、窓の長さの最大と最小、そしてカバー・アンド・ディールの扱いです。窓の長さまで開示の対象に入っている、という点が、この指針の踏み込んだところです。
言葉は違っても、日本の監督指針のイ・ロと同じところを見ています。有利な側と不利な側で、同じ扱いをしているか。ここが軸です。
ひとつ、正直に書いておきます。窓の長さや拒否率について、業界全体の代表値を公表した一次資料は、探した範囲では未発見のままです。GFXCが求めているのは流動性の出し手による個別の開示で、集計した基準値の公表は別の話です。市場全体の平均値として出回っている数字は、出どころが分析サービスの資料であることが多い、という状態です。
だからこの記事も、業界平均を置く代わりに、自分の口座で数えるという形に寄せています。業界の平均がどうであれ、実際に自分の資金が通るのは自分の口座ひとつです。その口座の数字は、最小の数量で往復すれば、今日から取れます。