【9時足デイトレ|10年間の検証でたどり着いたFXの答え】何度も手法を捨ててきた
おはようございます。あんちゃん?です。
めっきりと秋の気配がやってきましたね。私は食欲の秋とはいいつつも、しっかりとジョギングしてプランクして体を鍛える日々を送ってます。
食事もまいにち「せいろ」で、油を完全に体から抜いた状態を維持しております。鶏ささみが美味しい今日この頃です。
せいろって何を蒸しても「ごちそう」になるのが気に入ってます。それでは、どうぞお楽しみくださいませ。
「これなら勝てるかもしれない」
10年間の検証の中で、私は何度もそう思いました。
新しい考え方を見つける。
過去のチャートで試してみる。
実際にうまくいく。
「やっと見つけた」
そう思ったことは、一度や二度ではありません。
ところが、検証する期間を広げていくと、別の結果が出てくる。
ある相場では通用したのに、別の相場ではまったく通用しない。
勝率は高いのに、一度の大きな負けで利益を失ってしまう。
条件を増やせば負けは減るけれど、今度はほとんどエントリーできなくなる。
そこで私は、何度も同じ決断をしてきました。
捨てる。
時間をかけて作った手法でも、結果が違えば捨てる。
それを10年間、繰り返してきました。
「勝った」ことと「使える」ことは違った
最初の頃は、実際に利益が出れば「この手法は使える」と思っていました。
10回やって7回勝った。
何か月か続けて利益になった。
それだけでも、自信になります。
でも、検証期間をさらに広げると状況が変わることがありました。
相場には、上昇し続ける時期もあれば、方向感がなくなる時期もあります。
値動きの大きい時期も、小さい時期もあります。
一つの期間だけを見れば非常に強かった手法が、違う期間では簡単に崩れる。
そこで分かったのは、
「過去に勝てた」と「これからも同じ判断を続けられる」は別の話だ
ということでした。
捨てるのは簡単ではなかった
検証に何日も使った手法があります。
何週間もかけて条件を考えたこともあります。
実際に利益になって、
「今度こそ答えを見つけた」
と思ったものもありました。
だから結果が悪くなったとき、人間は簡単には捨てられません。
「もう少し条件を加えれば使えるんじゃないか」
「この負けだけ除外すればいいんじゃないか」
私もそう考えました。
そして条件を追加する。
すると過去の負けは消える。
ところが別の期間を検証すると、また別の問題が出てくる。
それを直すために、さらに条件を追加する。
気がつくと、
手法を良くしているのか、過去のチャートに答えを合わせているだけなのか分からなくなっていました。
そこで、考え方を変えました。
時間をかけたことは、残す理由にならない
どれだけ時間をかけたか。
どれだけ気に入っているか。
どれだけ勝てそうに見えるか。
それは相場には関係ありません。
検証結果が違えば、その事実を受け入れるしかない。
だから、
「ここまで時間をかけたんだから」
という理由で手法を残すことをやめました。
使えないと判断したら捨てる。
そして次の仮説を検証する。
もちろん、捨てたからといって、その時間がすべて無駄になるわけではありませんでした。
「この考え方は、この相場では通用しなかった」
それも一つの結果です。
次に同じようなアイデアを思いついたとき、
すでに一つの答えを持った状態から考えられる。
捨てた手法も、検証結果として残っていきました。
捨て続けたら、逆にシンプルになった
10年間検証したと言うと、
ものすごく複雑な手法になったと思われるかもしれません。
実際は逆でした。
最初はいろいろなものを見ました。
条件を増やしたこともあります。
組み合わせを変えたこともあります。
でも検証を続けるたびに、
「これはなくても結果が変わらない」
「これは特定の相場でしか機能しない」
「これは判断を複雑にしているだけだ」
というものが出てくる。
それを一つずつ捨てていきました。
だから最後に残ったものは、増え続けた条件の集合ではありません。
何度捨てても、それでも残ったものです。
捨てることも検証だった
以前の私は、手法を捨てることを失敗だと思っていました。
何週間も調べて使えなかったら、その時間を損したように感じる。
でも今は違います。
使えないものを「使えない」と確認できた。
それも検証の結果です。
むしろ一番危険なのは、
一度うまくいった手法に執着して、都合の悪い結果を見なくなること
だと思っています。
私は何度も、
「これが答えだ」
と思いました。
そして何度も、
「違った」
と認めて捨ててきました。
その繰り返しの中で、少しずつ余計なものが消えていった。
だから今振り返ると、
捨ててきた手法の数も、10年間の検証の一部だった
と思っています。
新しいものを見つけることだけが前進ではありません。
違うと分かったものを手放すことも前進です。
そして、何度捨てても残り続けたもの。
私はそこに、再現性を求めるようになりました。
以上
それでは、みなさま、ごきげんよう