第1章[後編]:相場の衝動と、N値・E値の洗礼
七、サイゼリヤの二人メシと、青豆の温もり
ボーナス消滅の激痛から数ヶ月が経ったある週末の夕暮れ、私は息子と二人で、駅前のサイゼリヤのテーブルについていた。
テーブルの上に並ぶ、ミラノ風ドリア、柔らか青豆の温サラダ、辛味チキン、そしてドリンクバーのグラス。 「安いものを色んな種類頼んで、気兼ねなく分け合える」 それが、私たち親子のささやかで、何よりも落ち着く特別な時間だった。
「パパ、この青豆おいしいね! チキンも食べていい?」
「ああ、好きなだけ食べなさい」
屈託のない笑顔でスプーンを動かす息子の姿を見つめながら、私は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
(俺は一体、相場で何を手に入れようとしていたんだ……?)
画面の数字を一攫千金で膨らませ、派手な贅沢がしたかったのか?
違う。絶対に違う。
週末にこうして子どもと気兼ねなく笑い合い、将来の夢を何不自由なく応援できる「揺るぎない土台」が欲しかっただけだ。
八、父親としての静かな誓い
ミラノ風ドリアの温かい湯気を見つめながら、私は心の中で自分自身と向き合っていた。
手取り十数万円のボーナスを一晩で溶かし、営業車で冷えたおにぎりを喉に詰まらせた情けない自分。 それは、相場を甘く見つめ、「自分なら簡単に当てられる」と傲慢になっていたことへの当然の報いだった。
「勘や浅い理論で相場に勝てると思うな。
負けた痛みを絶対に誤魔化すな。
子どもたちの笑顔を守る父親として、もう二度と無謀なギャンブルで資金を危険に晒してはならない」
皿に残った青豆を口に運びながら、私は胸の奥で静かに、そして固く誓った。
相場でお金を増やすということは、ゲームではない。
家族の生活と未来を守り抜くための、真剣で泥臭い「生き残りへの挑戦」なのだ。
九、プライドの消滅と、次なる扉へ
帰宅後、家族が寝静まった深夜。
私は書斎のデスクで、これまで書き溜めていたノートのページをゆっくりとめくった。
我流で引いたN値やE値の計算線。 「ここが天井だ」と信じ込んで大損したエントリーのメモ。 独学の狭い視野で相場を分かった気になっていた、愚かな自分の痕跡がそこにあった。
「一人で画面を眺めて悩んでいるだけでは、相場の本質には絶対に届かない。
プライドをすべて捨てて、相場の荒波の中で戦い続けている猛者たちから一から学び直そう」
私はPCを開き、Discordの投資コミュニティの参加ボタンをクリックした。 画面の向こうには、ダウ理論、水平線、プライスアクションを夜な夜な検証し、相場と真剣に向き合うトレーダーたちが集まっていた。
孤独な独学と浅薄な理論の時代は終わった。
本物の技術を求めて泥臭く潜航する、果てしない「テクニカルの迷宮」への航海が、ここから幕を開けようとしていた。