財源なき「変則協調介入」の限界
「英フィナンシャル・タイムズ(FT)は7日、米当局のユーロ売り・円買い介入は欧州中央銀行(ECB)にとって「不意打ち」だったと報じた。ユーロ売り介入の後にラガルドECB総裁とベッセント米財務長官が電話会談したという」
米国のユーロ売り・円買い介入、欧州に波紋 「不意打ち」報道も - 日本経済新聞
「IMFによる為替介入を巡る原則では、介入先の国・地域を含めて他国の利益を尊重すべきだと定めている」こともあり、通貨統合する前から欧州は自国通貨を使った他国の介入を嫌うというのは金融界ではよく知られた話。金融市場の表も裏も知り尽くしたベッセント財務長官が知らないはずはない。
今回の介入で「不意打ち」をくらった形になったECBから疑念の声が上がって来ることは、ロイターに「To Do」メモをわざと撮らせるなど「協調介入」に向けてシナリオを構築してきたベッセント財務長官の想定の範囲内だったはずだ。
「私は欧州側に(今回のユーロ売りが)米国の外貨準備の再配分にすぎないと保証した」
ベッセント財務長官がこのように発言しているのは、米国によるユーロ売りは、イメージ的に日本の「外為特会」のような「ESF(為替安定化基金:Exchange Stabilization Fund)」で保有されているユーロを使ったものだったからだ。
※ ESFは日本の「特別会計」と異なり「基金」なので基金全体の資産の9割はSDRと「非市場性米国債」で、外貨としてユーロと円を保有。
ESFは財務省が管理している基金で、大統領の承認を得さえすればベッセント財務長官の指示で動かすことが出来る。「変則協調介入」で米国がユーロ売り円買い介入を実施したのは、米国債の売却を伴わず、ベッセント財務長官の一存で売却できる資金がユーロだったからだ。このESFで保有する外貨配分をユーロから円に変更しても、ESFで保有する外貨の量は変わらない。それがベッセント財務長官のECBに対する主張の根幹。
問題は、何故ベッセント財務長官がユーロ売り円買い介入を実施することをECBに事前通告も協議もしていなかったかだ。
それは、ECBに話をした場合に拒否されることがほぼ確実だったからだろう。前述のようなIMFの基本理念もあり欧州は他国が自国通貨を使った介入を嫌うことは周知の事実であるということに加え、21か国が参加するECBはラガルド総裁の一存でユーロ売り円買い介入実施を認めることは難しい状況にある。
一方、日本からは「協調介入」を強く求められていた。仮に日本からの要求を無視して「単独介入」を強いることになれば、日本は介入原資確保のために外為特会で保有する米国債の市場売却に走る可能性があった。
「協調介入」でなかった場合の介入効果が限定的であることは、前回4月に行った「予告介入」「スマホ介入」で実証済みであるので、米国債の市場売却を阻止するためにも「協調介入」といえる状況を整える必要があった。
米国債の市場売却を防ぐことを最優先するベッセント財務長官にとって、ECBからユーロ売り円買い介入実施を拒否されるリスクと、追い込まれた日本が市場で米国債売却に走るリスクの両方を天秤にかけて考えた場合、ECBへの報告を事後報告にするというのが合理的な判断だったはずである。
「協調介入」を実施するにあたり重要なことは「米国債売却」なしで行うことだ。
「協調介入」においてESFで保有するユーロを使ったのもそのためだ。ESFは「非市場性米国債」と「預金」で255億ドルのドル資産を保有しており、ドル売り介入原資を確保すること自体は容易であった。しかし、ESFで保有するドル建て資産を介入原資に利用するためには、財務省が新たに債券を発行する等する必要があり、短期金融市場にストレスを掛ける要因になる。
米国債売却のリスクも、国債新規発行によって短期金融市場にストレスを掛けるリスクもとらずに「協調介入」を実施する弾がユーロしかなかったために、米国はドルではなくユーロ売り円買いという「変則協調介入」になったはずである。
米国にとってユーロ売り円買い介入を使った「変則協調介入」にしたのには、もう一つの理由があった。
それは、米国は「ドル安を望んでいる」「ドル円相場の特定水準をターゲットにしている」という誤ったメッセージを市場に送ることを避けることである。
仮に米国が日本と一緒にドル売円買い介入を実施していたら、物事を単純化する傾向が強い市場が、今回の介入水準がそれ以上のドル高円安を認めないという日米の防衛ラインだと誤った認識を持つことはほぼ確実である。
ベッセント財務長官が今回の「変則協調介入」に踏み切った理由として挙げているのは、「日本円は非常に過小評価されている」「多くのアジア通貨が円と連動している。1990年代のアジア通貨危機は大幅な円安が引き金となった」という「円固有の事情」であり「ドルの事情」には一切触れていないのも「特定のドルの水準」を意識させることを避けるためだろう。
「円固有の事情」を理由に「変則協調介入」に踏み切ったベッセント財務長官にとっての次なる課題が「変則協調介入」の効果を長続きさせることだ。
ベッセント財務長官が「変則協調介入」直前に「"To Do" followed by "Buy Japanese Yen (JPY) $5-10 bil."」という手元メモをロイターに撮らせたのも、31日の介入が「協調介入」だということを印象付けるための小芝居だったはずである。
米財務長官の「やることリスト」に円買い50億─100億ドル ロイターの写真で判明 | ロイター

「変則協調介入」の問題点は、介入原資が有限で「弾切れ」が見えていることだ。
幸か不幸か、米国の金融に関する情報開示は日本より進んでおり、ESFのBSも月次で情報が開示されている。