【技術レポート】バックテストの乖離を防ぐ「引き算」の完全因果設計 ── 幻の曲線を排除し、素の2.06倍から実弾仕様へ再構築するロジック事例
バックテストが右肩上がりであるにもかかわらず、実口座(フォワード)でEAが破綻する。多くのシステムトレーダーが直面するこの事象の最大の要因は、曲線が過剰最適化(カーブフィッティング)によって人為的に作られているからだ。
本稿の検体は、その逆を行く。素の実力を一切盛らず、相場環境への規律と実弾運用に耐える複利耐性だけを足し、10年すべてをプラスに変えた。これは、テクニカルなEA運用者へ向けた、完全因果による再構築の全記録である。
検証条件は全事例で不変とする。同一データ・同一期間(2016–2025)・同一会計・同一縦横スケール。想像で描いた曲線は一本もない。すべて対象となる特定クロス円の1分足(クレンジング後 5,996,481 本)を実際に回した本物の台帳のみを使用する。
1. 芽 ── 素朴な「仲値前ドリフト」
この戦略の原型(芽)は、拍子抜けするほど単純だ。東京仲値(午前9:55)に向かう時間帯に、サーバ時刻01時と02時に対象通貨を買い、04時に手仕舞う。
それだけである。過剰なテクニカル指標も、フィルタも、複利もない。仲値に向けた実需フローが生む「前ドリフト」を、2本の脚で薄く拾うだけの仮説だ。これを毎営業日そのまま撃ち続けたのが、以下の結果である。
総取引数:4,716脚
勝率:58.2%
素の実力:2.06倍
PF:1.49
最大DD:−5.23%
年次成績:9勝1敗(※2016年のみマイナス313pip)
[▲ 図①:右肩上がりだが局所的に深く沈み込む、素朴なバックテスト曲線 ▲]
摩擦(スプレッド)を越えて正の期待値は残るが、相場のノイズに対して完全に無防備な「芽」の曲線。
ここで多くのEA開発者なら、芽を右肩下がりに描いて「だから再構築で救った」と語りたくなるだろう。だが実測はそれを許さない。素朴な仲値ドリフトは、素のままで既に約2倍の"本物のエッジ"を持っている。嘘はつけないので、そのまま提示する。
問題は、盲目に伸びていることだ。良い地面も悪い地面も見ずに毎日撃ち、相場が牙を剥いた2016年に転ぶ。この曲線をそのままEAとして稼働させれば、ドローダウンに耐えきれず実口座での崩壊が始まる。
2. 診断 ── 三軸で芽を検める
再構築の前に、芽を三つの軸で診断する。結論を出してから手を入れる、がプロセスデザインの掟である。
軸1:生存と摩擦(実行可能性)
2本の脚はどちらも01→04・02→04の日中完結で、翌日に持ち越さない。ゆえに週末マタギの窓リスクも、深夜の暴落で証拠金が溶けるリスクもない。往復0.8pipのスプレッドを差し引いてもPF1.49が残るということは、摩擦を越えて生存している。この軸は合格だ。
軸2:論理的誠実性(因果)
ここが本事例の心臓部である。芽そのものは毎日撃つだけで最適化がなく、後知恵は入っていない。だが再構築で「良い相場だけ選ぶ」規律を足すとき、選び方を間違えると"綺麗すぎる右肩上がり"の罠にはまる。全期間を見渡してから最も成績の良いレジームを選べば、幻の9.33倍のような非現実的な曲線を作ることは容易い ── そしてそれはフォワードで直ちに機能不全に陥る。
選別を掛けた後の"素の倍率"が、選別前より大きく跳ね上がっていたら疑うべきだ。本事例の再構築は、レジームの選択を必ずIS(過去3年)の中だけで完結させ、判定に使うMAも前日終値までしか見ない(未来参照ゼロ)。撃つ瞬間に手に入る情報だけで選ぶ完全因果設計である。
軸3:実市場適応(頑健性とリスク)
芽の弱点は明快だ。相場環境を見ずに毎日撃つ(盲目)、2016年に負ける、固定ロットで証拠金・維持率という実口座の制約を考慮していない。実市場に適応させるには、環境フィルタ(規律)と、リスクを内蔵したサイジング(複利+ロスカット床)が不可欠である。
診断は下りた。芽のエッジは削らない。足すべきは「質」(良い地面を選ぶ規律)と「複利耐性」(実口座で崩れないサイジング)だけである。
3. 再構築 ── 規律で"質"を、段階複利で"複利耐性"を
(1) 規律 ── ノイズを間引く、エッジは削らない
前日終値が長期MAより上、かつ前日が急落でない日にだけ脚を出す。どの長期MA・どの急落閾値を使うかは、各報告年ごとにIS3年の成績だけで因果的に選ぶ(WFT)。結果を、芽と同じ固定0.01lot・同一スケールで頭合わせした。
素の倍率:2.06倍 → 2.01倍(ほぼ横ばい)
PF:1.49 → 1.76
総取引数:4,716脚 → 3,216脚(約1,500脚を間引き、総pipは10,623 → 10,051とほぼ不変)
年次成績:9勝1敗 → 10勝0敗(2016が黒字化)
これが再構築の誠実さの証明だ。素の倍率がほとんど動かないこと自体が「カーブフィットで曲線を盛っていない」証拠になる。規律は1,500脚を捨てたが、利益はほぼ丸ごと残っている。削ったのはエッジではなく、勝率をぶらすノイズだ。曲線は劇的に高くならず、ただ質が上がって沈まなくなった。